「基」は土台、「本」は根元。
「基本」とは、物事の成り立ちを支える、最も根本にある決まりや考え方のことです。
私の著書には、「基本」という言葉がつくものが多くあります。
また、「料理初心者向け」「誰でも作れる」といった内容を含めると、気がつけば30冊近くになっています。
おしゃれな料理やお菓子も作れますよ、とお伝えしてきたつもりですが、振り返ると私はずっと、「基本とは何か」という問いに向き合い続けてきたのだと思います。
料理店で長年修業をしたわけでもなく、教育機関で体系的に教えてきた経験もありません。今も料理教室を中心に活動しているわけではないのに、ご縁が重なり、中学校の教科書のレシピ監修まで担当させていただくようになりました。
自分でも、少し不思議に感じています。
私にとって「基本」と向き合う大きなきっかけになったのは、2002年に出版した『普通の和食を覚えたい』という本でした。
アシスタント時代、私がついていた料理家の先生は、ダイエットやヘルシーをテーマにした提案を得意としていました。油脂を減らし、塩分を控え、野菜を増やす。そうした工夫を日々学びながら、レシピを作ってきました。
ぶりや豚バラ肉を使うときも、いかに脂を軽やかに仕上げるかを考える。肉じゃがであれば、じゃがいもや調味料を控えめにし、とろみをつけて青菜を加える。そうしたアレンジが自然に行われていました。
長年そのような環境の中にいて、私は次第に「普通の料理」の姿が見えにくくなっていました。
そもそも「普通」とは何か。「基本」というものは、どこにあるのか。
その輪郭を、改めて考え直さなくてはなりませんでした。
そこで「普通の和食」を提案するために、自分のレシピを見直し、多くの料理家や料理人のレシピを一つひとつ比較する作業を始めました。
たとえば、豚肉の生姜焼き。
ロース肉を使うのか、肩ロース肉なのか。
下味をつけてから焼くのか、焼いてから調味するのか。
味付けは、醤油にみりんを合わせるのか、砂糖を使うのか、酒は加えるのか。
玉ねぎを入れるのか、肉だけで仕上げるのか。
調味料はしっかり絡めるのか、それとも汁気を少し残すのか。
同じ料理でも、驚くほど多様な作り方があります。
では、初めて作る人に、何をどう伝えればよいのか。
「基本」として示すべきものは何なのか。
そこで立ち戻ったのが、素材と調味の役割でした。
ロース肉と肩ロース肉では、脂の入り方や食感がどう違うのか。
玉ねぎを加える意味はどこにあるのか。
酒・みりん・砂糖は、それぞれどのような働きを持つのか。
一つひとつの選択に理由を見つけ、その料理として納得できる道筋を考える。そして、自分の味の方向性を整理しながら、もう一度レシピを組み立て直していく。
そうした作業を重ねる中で、私なりの「基本」が少しずつ形になっていきました。
その後も、「基本の」「初めての」というテーマの本を依頼されるたびに、同じように考え、作り、試し続けています。
時代とともに、料理の前提も変わります。
かつては4人分が標準だったレシピも、今は2人分が主流です。
鍋よりもフライパンで調理することが増え、油の使い方も控えめになっています。
そして今は、誰もがレシピを発信できる時代です。
多くの情報があふれ、日々更新され続けています。
そんな中で、「普通ってどう作るのだろう」「基本の味って何だろう」と迷う方も少なくないのではないでしょうか。
私が作ってきた「基本」のレシピは、そんなときに立ち戻れる場所でありたいと思っています。
ここに戻れば、ひとまず安心して作れる。
そこから、自分なりに少しずつ広げていける。
そんな目印のような存在です。
ヘリポートの「H」のマークのように、いったん降り立てる場所。
日本の料理の「基本」を語るには、まだまだ学ぶことばかりですが、料理に迷ったとき、そっと戻ってこられる場所をつくること。
それが、私なりの役割のひとつなのだと思っています。
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