レシピの思考

切ることが大切 -料理は切り方で変わる-

「割主烹従(かっしゅほうじゅう)」という言葉を、私はいつも頭のどこかに置いています。

日本料理の基本的な考え方で、「割(切る)」ことが主、つまり料理の本質であり、「烹(煮る・焼くなど)」はそれに従うもの。料理の出来を左右するのは火入れよりもまず包丁、切り方がすべてを決める、という意味です。

少し厳しく聞こえるかもしれませんが、私にとってはとても実感のある言葉です。

一方で、今は料理をする際の「切ること」へのハードルが高くなっていると感じます。まな板を出すのが面倒、包丁が苦手、時間がかかる、キッチンが狭い、洗い物を増やしたくない。そうした理由から、できるだけ切らない、包丁を使わない方向へとレシピも変化しています。

「3mm角・長さ6cmに切る」は「細めの棒状に」になり、「鶏もも肉1枚を6〜8等分に切る」は「ひと口大に」に置き換えられる。「にんじんは斜め薄切りにしてから細く切る」は、単に「千切りにする」と書かれるようになります。

けれども、家庭料理において切ることは、決して高度な技術ではありません。私はむしろ、料理の設計図の土台だと考えています。

切り方によって、食材の表面積が決まり、味のなじみ方や火の通り方が変わります。繊維に沿っているかどうかで食感が変わり、太さや長さで咀嚼の回数が変わります。厚みや形によって、味の入り方も変わる。そして見た目の印象も大きく左右されます。

さらに、切り方は盛りつけにも影響します。器への収まり方、箸での取りやすさ、口元への運びやすさまで変わってくるのです。

例えば、大きく長く切れば、煮物はややしっかりした食感に仕上がります。咀嚼の回数が増えると唾液が出て、味わいは自然と豊かに感じられます。噛む時間が長くなれば、香りも鼻に抜けやすくなります。

つまり、切り方ひとつで「味の感じ方」そのものが変わるのです。

たとえば豚汁で、大根をいちょう切りにするとき。厚みを5mmにするか、8mmにするかで迷うことがあります。多くの人は、火が通りやすいようにと、指定よりも薄く切りがちです。

けれど、薄く切ると、味がしみる前に柔らかくなりすぎてしまいます。食感も香りも弱くなり、仕上がりはどこか均一で、いわば“大量調理”のような印象になります。

だから私は、あえて8mmと書きます。少し厚みを持たせることで、煮ている間に味が入り、食感が残り、素材の存在感がきちんと感じられるからです。

人気のにんじんのラぺでも、同じことが言えます。

細く長めに切れば、表面積が増えて味がすぐになじみ、見た目も軽やかでエレガントになります。ガラスの器に盛りたくなるような印象になりますし、ひと口に含む量も自然と増えて、咀嚼の時間も長くなります。

一方、少し太めに短く切ると、味のなじみはゆっくりになります。ドレッシングが絡みにくくなるため、すりおろしのにんじんを加えるなどの工夫が必要になります。見た目はより素朴でカジュアルになり、木の器が似合います。ひと口の量は控えめになり、咀嚼の時間も短くなります。

同じにんじんでも、切り方が変わるだけで、料理の性格がまったく変わるのです。

そんなことを、私は日々考えながらレシピを組み立てています。

だからこそ、切ることは大切だと思うのです。

包丁を持つことは、少し面倒に感じるかもしれません。けれど、そのひと手間が、味や食感、見た目、そして食べる時間そのものを豊かにしてくれます。

料理は火にかける前に、すでに始まっています。

まな板の上で、どのように切るか。その選択が、その一皿の行き先を決めているのだと思います。

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